偉人・敗北からの教訓
ドキュメンタリー/教養
偉人・敗北からの教訓「軍神不覚!上杉謙信・生涯最大の惨敗を喫した臼井城の戦い」
軍神と呼ばれた戦国きっての戦上手・上杉謙信の敗北を紐解く!里見氏を救援すべく、北条勢を相手に臼井城の戦いに臨むが、生涯最大の敗北を喫してしまった理由とは?
6月27日 土曜 21:00 -21:55 BS11イレブン
臼井城の戦いで北条勢に屈した上杉謙信の敗北から明日を生きるための教訓を探る!
1530年、越後守護代・長尾為景の子として春日山城に生まれた謙信は19歳で家督を継ぐと、卓越した軍略で国内統一。1552年、北条氏に追われた関東管領・上杉憲政を越後に迎え入れると上洛し、天皇と将軍に謁見、乱世を終わらせると決心する。そして、武田信玄の侵攻に苦しむ信濃の国衆を救うべく、川中島で五度にわたる激戦を展開する!
1560年、謙信は三国峠を越え、関東に遠征、10万を超える大軍で小田原城を包囲するが、陥落させることはできなかった。川中島の戦いも痛み分けに終わった謙信はその後、北条氏に押されていた房総半島の国衆・里見氏を救うべく、大軍を率い、北条方の臼井城に向かう。ところが、圧倒的な兵力差があったにもかかわらず、惨敗を喫し、越後への撤退を余儀なくされた!
無敵の軍神敗北の裏で一体、何が起こっていたのか?
臼井城での敗北から3年後、謙信は北条氏と越相同盟を結ぶが、2年余りで決裂してしまう。関東が再び混乱に陥り、激しい主導権争いが繰り広げられる中、謙信は天下人・織田信長が派遣した織田軍を加賀の手取川で撃退、大勝利を収める。しかし、翌1578年、突如、病に襲われ、49歳であっけなく生涯を終えた。謙信が命がけで目指したものとは何だったのか?
謙信の敗北から学ぶ教訓は…「自らへの過信は禁物」!
歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。
-
出演者
-
おしらせ
BS11公式WEBサイトでは、みなさまからのメッセージを受け付け、公開しております。番組への率直なご意見やご感想など、どしどしお寄せください。お待ちしております! https://www.bs11.jp/entertainment/ijin-haiboku-kyoukun/


