偉人・敗北からの教訓

ドキュメンタリー/教養

偉人・敗北からの教訓「特別編 豊臣兄弟と奇跡の家臣団・豊臣政権瓦解の真相」

豊臣秀吉・豊臣秀長の兄弟が奇跡の家臣団と共に築き上げた豊臣政権の敗北を紐解く!徹底的な実力主義のもとに構築された天下一の武家組織はなぜ、瓦解してしまったのか?

8月25日 火曜 19:00 -20:53 BS11イレブン

偉人・敗北からの教訓「特別編 豊臣兄弟と奇跡の家臣団・豊臣政権瓦解の真相」

農民出身の豊臣兄弟がゼロから築き上げた豊臣政権の敗北から明日を生きるための教訓を探る! 織田信長の家臣となった秀吉は3歳下の弟・秀長をはじめ、蜂須賀正勝、仙石秀久らと共に織田家の勢力拡大に尽力。1573年、浅井氏攻略の功により長浜に所領を得ると、福島正則、加藤清正、石田三成ら、子飼いの武将を育て、家臣団を強化。さらに、竹中半兵衛、黒田官兵衛ら即戦力の武将を中途採用し、組織としての実力を高めた。
賤ヶ岳の戦いを制し、信長の後継者となった秀吉は配下となった大名に官職や豊臣の姓、羽柴の名字を授けることで政権内の序列をつくる。そして、最も信頼を寄せるパートナー・秀長との二人三脚で天下平定戦を勝ち抜いていく。しかし、小田原平定後の1591年に秀長が死去。1593年、秀吉に息子・豊臣秀頼が誕生すると、2年後、秀吉の後継者と目された関白・豊臣秀次が自害! 果たして、豊臣政権の修復は可能なのか?
盤石に思われた豊臣家臣団に亀裂が生じたのが文禄・慶長の役。きっかけは加藤清正と小西行長の対立だった。1598年、秀吉が他界すると、豊臣政権は二分され、関ヶ原の戦いへと突入。天下は勝者・徳川家康の手に渡ってしまう。精鋭たちが集結した豊臣政権はいかにして構築され、崩壊していったのか?その真相を歴史に造詣が深い豪華ゲストと共に紐解いていく! 豊臣政権の敗北から学ぶ教訓は…「チームの穴は即時に埋める」!
歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。

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